標準時 |
■ グリニッジ標準時 |
グリニッジ標準時とは、イギリスにあるグリニッジ天文台での平均太陽時のことをいいます。グリニッジ天文台は経度0度にあり、個々を標準として世界各国の標準時を決めています。日本は経度135度になるため、グリニッジ標準時から9時間の時間差があります。グリニッジ標準時での日本時間の表現は、「GMT+09:00」となります。グリニッジ標準時は、以前は世界標準時として広く使われていましたが、現在は原子時計を元に算出される"協定世界時(UTC)"に役割を譲っています。しかし世界標準時と協定世界時はほぼ同じであるが、地球の自転による影響で、時間の経過により両者に差が生じるため、その差が0.8秒を超えた場合に「うるう秒」として調整されるのです。 |
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■ 日本の標準時 |
1884年(明治17年)の国際子午線会議でグリニッジ天文台を通る子午線を経度の基本とし、そこから経度が15度ずつ隔たる毎に1時間ずつ時差を持つ時刻を各国で使用することが決まり、日本もこれを受けて1886年(明治19年)に東経135度の子午線の時を日本標準時とすることを制定し、1888年(明治21年)1月1日から実施となりました。1910(明43年)に兵庫県明石市に子午線標識が建てられ、1960年(昭和35年)に建設された明石市立天文科学館は東経135度の通過点にあります。なお、日本標準時はグリニッジ標準時より9時間(サマータイム期間中は8時間)進んでいます。 |
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■ 時差 |
時差とは世界各地の標準時の差のことをいいます。標準時とは国や地域が共通して使う地方時のことです。東端と西端の時差がだいたい30分〜1時間になるように地域を区切って、経度0度から、どの程度東か西かという経度を元にそこでの標準時を決めます。日本では国土が狭いので、特に国内を区切らず、経度135度を子午線として、日本全体がそれを標準にした時間に従うことになっています。しかし日の出は東から順にやってくるので同じ日本でも北海道は夜明けが早く、沖縄では夜明けが遅いのです。ロシアなど国土の広い国では、国内に基準となる時間が一つだけだと、東と西の差が大きくなってしまいます。そのため国内をいくつかに区切り、しかもその区切ったなかでの時差が30分から1時間になるようにしています。ロシアでは10の地域に分かれていて、それぞれの間の時差は1時間になっています。
世界地図を、イギリスのロンドンにあるグリニジ天文台を通る経度0度線(本初子午線)を真ん中にして、端は経度180度あたりの日付変更線にして描き、東端から夜が明けていくことを念頭に置きます。本初子午線を基準として東端はそれより12〜14時間後、西端はそれより12時間前となります(日付変更線はでこぼこしているので、東端は最大14時間後となります)。例えばロンドンが午前6時で日の出を迎えたとき、すでに夜が明けている東側では朝やお昼になっているということです。西側はまだ夜が明けていません。また日付変更線の東側から西側に移動したとき日付は前日のものになり、西側から東側へ移動した場合は翌日の日付になります。 |
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■ 暦の変遷 |
太陰暦は月の満ち欠けを基準としています。月が地球を1周する周期は約29.53日なので、ひと月を29日と30日とし、1年を12ヶ月とした暦ですが、1年が354日となり太陽暦の1年365日より11日短い暦でした。これでは毎年、季節が10日あまり遅れてしまい生活に不便です。そこで、この差11日を調整し、1太陽年365日に近づけるために、2〜3年毎に1度ひと月のうるう月(閏月)をいれて1年を13ヶ月にしてズレを補正していました。日本の昔の暦もこの方法でした。現在の暦は、地球が太陽を1周する周期約365.2422…日を基準とする太陽暦で、4年毎に1日を追加調整するユリウス暦から更に改良を加えたグレゴリオ暦がほとんどの国で使われています。 |
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■ うるう年 |
「閏うるう」とは、暦こよみの上での日数や月数が平年より多いことをいい、平年を365日とする太陽暦で、地球の平均回帰年の約
365.242199 日においては季節と暦にずれが生じるため、実際の季節と暦が合うようにほぼ4年に一度、二月に一日を加えるようにして調節をしています。この一日が「閏日」で、閏日がある月、年を「閏月」「閏年(うるうどし、じゅんねん)」といいます。閏年でない年は「平年」と呼ばれます。これは、1582年にローマ教皇・グレゴリウス13世がユリウス暦を改良して制定した「グレゴリオ暦」によるもので、「グレゴリオ暦」は数百年をかけて各国で採用され世界標準となっています。日本でのグレゴリオ暦の採用は1873年(明治6年)で、一般に旧暦と呼ばれる天保暦(太陰太陽暦)の明治5年12月2日(グレゴリオ暦1872年12月31日)の翌日を、新暦と呼ばれる太陽暦の明治6年1月1日(グレゴリオ暦1873年1月1日)としました。従って、和暦での明治5年12月3日から12月31日は存在しません。 |
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■ うるう秒 |
「うるう年」は通常4年に一回の割合で2月の最終日に1日追加されますが、「うるう秒」はいつ追加するか決まっておりません。この「うるう秒」の定義によれば「1秒のステップ調整は、12月及び6月(第1優先)、3月及び9月(第2優先)、必要とあれば任意の月の各末日の最終秒(UTC=協定世界時)の後へ1秒挿入するか、または最終秒を引き抜く事によって行われます。日本の場合は、時差の関係で上記の翌日に1秒の調整が行なわれています。この際挿入される(引き抜かれる)1秒を正(負)のうるう秒といいます。現時点では、「うるう秒」の挿入が行なわれています。地球の動き(自転、公転)は、さまざまな変動をしていて正確なものではありません。この地球の自転を天文観測して決めるグリニッジ子午線の時刻を基準とした時刻系を「世界時(UT)」といいます。一方、原子の振動周期を測定して決める非常に正確なセシウム原子時計の時刻を基準とする時刻系を「原子時(AT)」といいます。この両方の誤差を上記の方法で補正、管理し、尚かつ実生活にも合った時刻系を「協定世界時(UTC)」といいます。 |
■ 曜日の起源 |
1週間7日制は古代バビロニアから始まったといわれていますが、各曜日は古代ローマによって作られました。古代ローマでは1日を24等分して1時間毎に5つの惑星と太陽と月とを繰り返しあてはめて呼び、距離の遠い順に土星、木星、火星、太陽、金星、水星、月の順番と決めました。そして、1日の最初の1時間が1日全部を支配すると考えました。こうすると最初の日の最初の1時間は土星で、2日目の最初の1時間は太陽(日)、3日目の最初の1時間は月となり、以降火星、水星、木星、金星となって、土曜日から始まり7日間で繰り返される曜日が出来ました。しかし、宗教上の理由で週の初めは日曜となり、更にローマがキリスト教を国教にしてから日曜にキリストが復活したことを記念するため日曜日を安息日の休日と決められました。今でも多くのカレンダーは週の初めが日曜からとなっています。 |
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